なぜ磁気カードからICチップへ移った?EMVが生まれた理由と世界標準化の歴史

ICチップを搭載した決済カードのクローズアップ 決済・クレジットカード統計データ

最終確認:2026年9月21日

ICチップ付きカードは「磁気より新しいカード」ではありません。磁気ストライプがカード決済を電子化した一方で、静的データを複製できる偽造リスクが残り、その問題を解くために各国がICカードへ移行しました。

ところが、IC化には別の問題がありました。国ごとに仕様が違えば、海外で使えない。安全性と世界中で使える相互運用性を同時に成立させるために生まれた共通仕様がEMVです。

ICカードはEMVより先に存在していた

EMVCoによると、1990年代には各国のカード事業者が、増加するカード不正への対策としてマイクロプロセッサを搭載したICカードを導入し始めていました。

しかし、その技術は各国の国内要件に合わせて設計されていました。国内では安全でも、国境を越えると端末との互換性がない。旅行先では結局、世界中に広がっていた磁気ストライプへ戻る必要がありました。

「偽造しにくいカードを作る」だけではなく、「世界中の端末で同じように動く安全なカードを作る」必要があったのです。

1996年、EMV ’96が世界共通仕様を示した

Europay、Mastercard、Visaの3社は共同で仕様を開発し、1996年にEMV ’96 Integrated Circuit Card Application Specification for Payment Systemsを公開しました。

EMVという名称は、当初の3社――Europay / Mastercard / Visa――に由来します。EMVCoによれば、1999年にMastercardとVisaがEMVCoを設立し、仕様の管理と試験・認証を担う体制を作りました。Europayは後にMastercardへ統合されています。

現在のEMVCoはAmerican Express、Discover、JCB、Mastercard、UnionPay、Visaの6社が共同所有する技術組織です。

01 EMVが解こうとした二つの問題

SECURITY
磁気データの偽造
静的データの複製だけでは正しいIC取引を再現しにくくする。
INTEROPERABILITY
各国IC仕様の分断
カードと端末が国を越えて共通に動く仕様を作る。

磁気ストライプとICチップの決定的な違い

EMVCoは、EMV Chipがカードの真正性を確認し、取引ごとにone-time use security codeを生成すると説明しています。現行の説明では、取引ごとに生成されるcryptogramによって、同じ値をそのまま再利用できないようにします。

磁気ストライプのように静的なトラックデータをコピーするだけでは、正しいEMV取引を再現できません。

つまりICチップの目的はカード番号を「隠す」ことではありません。カードと取引が真正であることを、取引ごとの暗号情報で確認することにあります。

ICチップが確認するのはカード・取引の真正性です。非対面決済では別の証拠や認証の組み合わせが必要になります。Card-presentとCNPの不正対策を7層で比較すると、各対策の守備範囲を整理できます。

技術があっても、加盟店端末は一斉には変わらない

EMVの歴史で面白いのは、安全な技術を作るだけでは普及しないことです。加盟店は端末を交換し、アクワイアラやプロセッサは新しいデータを処理できるようにし、発行会社はICカードを発行する必要があります。

巨大な磁気ストライプ網を持っていた米国では、欧州などに比べEMV移行が遅れました。Visaは2011年に米国のIC・モバイル決済移行計画を発表し、米国のアクワイアラプロセッサへ2013年4月1日までのEMV対応を求めました。

さらに2015年10月1日、Visaはcounterfeit fraud liability shiftを導入しました。偽造カード不正が起きた場合、より安全なEMV技術に対応していない側へ損失負担が移り得るルールです。

02 「技術」から「普及」へ

1990年代
各国が独自ICカードを導入。安全だが国境を越えにくい。

↓

1996 EMV ’96
世界共通のICカード仕様。

↓

1999 EMVCo設立
仕様、試験、認証を継続管理。

↓

2015 米国liability shift
端末更新を経済的インセンティブで加速。

日本では「2020年」が大きな政策目標になった

経済産業省の2016年資料では、当時の日本ではクレジットカード取引の大半が磁気情報による取引であり、窃取した磁気情報を使う偽造カードへの対策としてIC化が喫緊の課題とされていました。

海外でIC取引が普及する中、日本が磁気取引を残せば、海外で使いにくくなった偽造カードが日本へ流入するリスクもあります。さらに東京2020を見据え、訪日外国人が安全にカードを使える環境を整える必要もありました。

2014年にはVisaと楽天が、楽天スマートペイ向けにEMV ICカードとPIN入力へ対応したリーダーの提供を開始しています。スマートフォン型の加盟店端末でも「磁気を読む」から「ICを読む」への移行が進みました。

EMVは「カードを差し込む規格」だけではない

EMV Chipの基本思想は接触ICだけにとどまりません。現在のEMVCoは、contact chip、contactless、mobile、さらにe-commerceやremote paymentまで広い技術領域を扱っています。

接触ICで実現した安全性と国際相互運用性を維持したまま、物理的にカードを差し込まなくても通信できるようにしたのがEMV Contactlessです。

つまり次の「タッチ決済」は、EMVと別の世界ではありません。ICチップ化の延長線上にあるUXの変化です。

磁気 → IC → タッチは、一つの問題解決の連鎖

磁気ストライプは紙の決済を機械可読データへ変えました。EMVは、その磁気データが抱えた偽造リスクと、各国ICカードの互換性問題に答えました。そしてタッチ決済は、そのEMV基盤をより速く、使いやすくします。

決済技術の歴史は、古い方式を単純に捨てる歴史ではなく、前の方式が解決できなかった問題を次の方式が引き受ける歴史です。

Featured photo: Sophie Dupau / Unsplash

主な出典

出典 公開日・版 対象・用途 取得日
EMVCo「Why EMV?」 現行公開ページ 1990年代のIC化、EMV ’96、1999年EMVCo設立、名称由来 2026年9月21日
EMVCo「Overview of EMVCo」 現行公開ページ EMVCoの役割・現在の所有組織 2026年9月21日
EMVCo「What is EMV Chip?」 2022年10月19日 card authenticity、one-time use security code 2026年9月21日
Visa「Visa Announces Plans to Accelerate Chip Migration and Adoption of Mobile Payments」 2011年 米国2013年processor対応・2015年liability shift 2026年9月21日
経済産業省「クレジットカード偽造防止対策等の強化に向けた実行計画」 2016年 日本のIC化、磁気取引、2020年に向けた課題 2026年9月21日

シリーズ全体:決済の歴史としくみ|カード・EC・タッチ・認証の進化をたどる

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