この記事で分かること:RTGS(Real-Time Gross Settlement)が何を変えたのか、CHAPSが1984年の電子化だけでは解決できなかった問題、1996年の英国RTGS導入がなぜ決済システムの安全性向上につながったのかを、Bank of EnglandとBISの一次資料から整理します。
結論:速く送ることと、最終的に決済することは別だった
RTGSの重要性は「送金が速くなった」ことだけではありません。大口銀行間決済を、一日の終わりにまとめて差額決済する仕組みから、取引ごとにリアルタイムで最終決済する仕組みへ変えたことにあります。
英国では1984年にCHAPSが電子的な同日決済サービスとして始まりました。しかし当時は、受取銀行が顧客に資金を利用可能にしても、銀行同士の最終的な価値移転は日末のネット決済まで完了しませんでした。Bank of Englandは、この構造に残る決済リスクを背景に1996年にRTGSを導入しました。
1984年のCHAPSでも「銀行間の決済」は日末まで終わっていなかった
CHAPS(Clearing House Automated Payment System)は1984年に導入され、英国の大口スターリング決済を電子化しました。紙の小切手中心だった時代から見ると大きな前進です。
ただし、Bank of Englandの1996年の説明では、当時のCHAPSでは受取銀行が支払指図を受信し、顧客に資金を利用可能にしたとしても、支払銀行から受取銀行への価値の移転は日末のネット決済まで完了しない構造でした。
つまり、メッセージは早く届いても、銀行間の最終決済には時間差がありました。
問題は「日中エクスポージャー」が積み上がること
日末まで最終決済されない場合、各銀行は日中、他行に対する未決済の債権・債務を抱えます。もし大口参加行が決済前に破綻したり、資金を用意できなかったりすれば、その影響は相手行だけでなく、連鎖的に他の参加者へ波及する可能性があります。
Bank of Englandは1996年、決済・証券・外国為替の各システムにおけるリスク削減を論じる中で、RTGS導入を英国の決済システムの安全性に対する「fundamental improvement」と位置づけました。
ただし、RTGSが銀行間のあらゆる信用リスクを消したわけではありません。Bank of Englandが強調したのは、旧CHAPSのend-of-day net settlementに伴って決済システムそのものから生じていた、意図しない日中エクスポージャーとunwindリスクを大きく減らした点です。
RTGSは何を変えたのか
RTGSはReal-Time Gross Settlementの略です。BISの1997年報告書は、RTGSを銀行間資金移動を一件ごとに、処理日の中で継続的に最終決済する仕組みとして整理しています。
ポイントは次の3つです。
- Real-Time:日末を待たず、処理中に決済する。
- Gross:複数取引を差し引いたネット額ではなく、原則として取引単位で処理する。
- Settlement:単なるメッセージ送信ではなく、中央銀行マネー上で最終的な価値移転を完了させる。
英国では1996年にRTGSが導入されました。現在のBank of Englandも、RTGSを英国の主要スターリング決済システムの最終決済基盤として位置づけています。
RTGSにはコストもある――流動性が必要になる
日末に差額だけを決済するネット方式は、必要な決済資金を圧縮できる利点があります。一方、RTGSでは取引を個別に決済するため、参加行は日中に十分な流動性を確保する必要があります。
BISの1997年RTGS報告書でも、決済リスクの削減だけでなく、流動性管理、キューイング、日中信用などがRTGS設計上の主要論点として扱われています。RTGS化は「安全性を高めれば終わり」ではなく、安全性と流動性効率をどう両立するかという新しい設計課題を生みました。
1996年から2025年へ――RTGSは再び作り直された
Bank of Englandは2017年11月にCHAPSの運営責任を引き継ぎました。その後、2023年にCHAPSへISO 20022メッセージを導入し、2025年4月28日には更新版RTGSサービス「RT2」を稼働させています。
RT2は、レジリエンス、アクセス、相互運用性、利用者機能、エンドツーエンドのリスク管理を改善するための基盤として設計されています。つまり、1996年のRTGS導入で終わったのではなく、決済インフラは現在も更新され続けています。
CHAPSはいま何を処理しているのか
Bank of Englandの2025年統計では、CHAPSは年間5,330万件、総額93.9兆ポンドを処理しました。英国全体の決済件数では約0.4%にすぎませんが、金額では約91%を占めます(決済サービス事業者内部の内部振替を除く)。
これは、CHAPSとRTGSが「日常の小口決済を大量に処理する仕組み」というより、金融機関や企業の大口・高額決済を安全に最終化するための基盤であることを示しています。
カード決済のオーソリとは何が違うのか
クレジットカードの世界でも「承認」と「決済」は別です。店舗でカードを使った瞬間に起きるオーソリは、その取引を受け付けてよいかを判断する工程であり、銀行間の資金移動を最終化するRTGSとは役割が異なります。カード決済側のClearingとSettlementを先に分けて読むと、RTGSがどのレイヤーにあるのか理解しやすくなります。
- 昔のクレジットカードはどう承認していた?オーソリが生まれた理由とBASE Iの歴史
- 銀行が応答できないとき、カード決済はどうなる?Stand-In Processing(STIP)の仕組み
- ホテルでカードの利用可能額が減るのはなぜ?Authorization HoldとReversalの仕組み
なぜRTGSが重要だったのか
CHAPSの歴史を見ると、決済インフラの進化は「紙から電子へ」という単純なデジタル化ではありません。
メッセージを電子化する → 日中の信用リスクが残る → 中央銀行マネーで取引ごとに最終決済する → 流動性効率とレジリエンスをさらに改善するという段階を踏んでいます。
この視点は、現在のA2A・即時決済やクロスボーダー決済を理解するうえでも重要です。国内決済が高速化しても、複数の銀行・通貨・法域をまたぐ決済では、最終決済・流動性・営業時間・データ標準・規制対応が再び問題になります。
シリーズ全体:決済の歴史としくみ|カード・EC・タッチ・認証の進化をたどる
出典と確認範囲
| 資料 | 公開日 | 対象・用途 | 取得日 |
|---|---|---|---|
| Bank of England, Risk reduction in payment and settlement systems | 1996-12-01 | CHAPSの旧ネット決済、1996年RTGS導入、決済リスク | 2026-10-03 |
| BIS/CPSS, Real-time gross settlement systems | 1997-03-05 | RTGSの定義、設計、流動性・リスク管理 | 2026-10-03 |
| Bank of England, Payment and settlement | 公開日明示なし(継続更新) | 1996年導入、現在のRTGS・CHAPSの役割 | 2026-10-03 |
| Bank of England, renewed RTGS service goes live | 2025-04-30 | RT2稼働日、2023年ISO 20022との関係 | 2026-10-03 |
| Bank of England, Payment and settlement statistics | 継続更新 | 2025年CHAPS件数・金額・構成比 | 2026-10-03 |
注:2025年のCHAPS総額・件数はBank of Englandの通年統計を使用。RTGSとCHAPSは同義ではなく、CHAPSは高額決済システム、RTGSはその最終決済を支える中央銀行インフラです。
